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チャネル別CACとLTV上限ルール — 広告費を「出費」から「基準のある投資」に変える

読了の目安:約8分 / 想定読者:年商1〜3億円・単院の美容クリニックの院長・経営者

目次

この記事について

「うちの広告費、月100万円は高いのだろうか」——多くの院長に共通する問いです。ですが、この問いには実は答えようがありません。月100万円が高いか安いかは、金額の絶対値では決まらないからです。その100万円で新規の患者さんを何人お迎えできているのか。1人あたりいくらで来ていただけているのか。それが分からなければ、100万円が高いのか安いのかは誰にも判定できません。

広告費を「今月はいくら使った」という出費の総額で見ているうちは、議論は「増やすか、減らすか」の二択から抜け出せません。この二択は、資金力で勝る相手ほど有利になる土俵です。実際、美容医療の広告オークションでは、多店舗のネットワークと高いリピート率で長く回収できる大手ほど、高い入札単価を正当化できます。同じ土俵、つまり広告の「量」で張り合えば、単院の広告費は構造的に削られ続けます。

この記事で扱うのは、広告費を出費ではなく、基準のある投資として扱い直す方法です。中心にあるのは2つの数字です。ひとつは患者さんお1人を獲得するのにかかった費用(CAC)、もうひとつはその患者さんが院にもたらす利益(LTV)。この2つをチャネルごとに並べ、「この基準を超えたら止める」という上限ルールを引く。やり方を、計測の設計から月次の運用まで、すべて開示します。

なお、CACとLTVの関係の理論的な背景(なぜLTV÷CACという比率で広告の健全性を測るのか)については、詳しい考え方を関連記事にゆずり、ここでは自院で今日から回すための実務に絞ります。

この施策で何が変わるか

この施策を入れると、広告についての院内の会話が変わります。「広告費を増やすか、減らすか」という総額の議論から、「どのチャネルを増やし、どのチャネルを止めるか」という配分の議論へ移ります。

たとえば同じ月100万円でも、内訳を見ると、ポータルサイトのプランには効率の悪いお金が流れていて、既存患者さんからの紹介はほとんどコストをかけずに新規を生んでいる——というように、チャネルごとに「1人あたりの獲得コスト」はまったく違います。総額で見ている限り、この差は見えません。チャネルごとに分けて初めて、「止めるべき出費」と「太らせるべき投資」を仕分けできるようになります。

そして、これは大手チェーンと同じ土俵で戦わないための前提でもあります。広告の「量」で張り合うのではなく、1人あたりの獲得効率で戦う。効率の悪いチャネルを止め、紹介や指名のような極端に効率の良いチャネルへ資源を寄せていく。「広告で買う経営」から「資産で稼ぐ経営」へ少しずつ軸足を移す——その最初の計器が、チャネル別CACです。

なお、この施策は「広告費を必ず減らせる」ことを約束するものではありません。約束できるのは、増やすにせよ減らすにせよ、その判断に根拠が付くということだけです。

やり方の完全開示

ここが本記事の主役です。CACの定義から月次の運用まで、順に開示します。

CACの定義 — 分母は「来院」で取る

チャネル別CAC(Customer Acquisition Cost、顧客獲得単価)の定義は、次のとおりです。

チャネル別CAC = そのチャネルにかけた広告費 ÷ そのチャネル経由の新規「来院」数

ポイントは分母を「来院」で取ることです。問い合わせ数でも、予約数でもありません。できれば、その先の「成約(契約・施術に至った数)」まで取れると理想的です。

なぜ問い合わせや予約ではなく来院かというと、途中の歩留まりがチャネルによって大きく違うからです。たとえば、比較サイト経由の問い合わせは数こそ多いものの予約や来院に至る率が低く、紹介経由は問い合わせの段階ですでに来院意思が固まっている、ということが実務ではよく起こります。問い合わせ数を分母にすると、歩留まりの悪いチャネルのCACが実態より安く見え、判断を誤ります。実際にお金を生む一歩手前の「来院」で揃えることで、チャネル同士を公平に比べられます。

計測の設計 — 完璧なトラッキングを目指さない

計測と聞くと、すべての来院経路を1件も取りこぼさず追跡する仕組みを想像されるかもしれません。しかし、そこを目指すと、たいてい設計だけで力尽きて、いつまでも数字が出ません。7割の精度で毎月出すほうが、完璧を目指して出ないより、はるかに価値があります。 最初から次の3つの手段を組み合わせる、という割り切りで十分です。

  1. 予約時・問診票での来院経路の聞き取り。 「当院を何でお知りになりましたか」を、予約時か問診票で必ず尋ねます。ここで肝心なのは、選択肢を先に設計しておくことです。自由記述にすると「インターネット」としか書かれず、チャネルの区別がつきません。「ポータルサイト(サイト名まで)/検索して当院名で/検索して悩み・部位で/当院のSNS/ご紹介/その他」のように、後で集計できる粒度の選択肢を用意します。
  2. 電話は媒体別の番号か、定型質問で。 電話予約は経路が特に取りにくい入口です。媒体ごとに異なる電話番号を割り当てられれば確実ですが、そこまでできなくても、受電時に「何をご覧になってお電話くださいましたか」を必ず尋ねる定型の一言をスタッフ全員で統一するだけで、精度は大きく上がります。
  3. 予約システム・ポータルの管理画面との突合。 予約システムやポータルサイトの管理画面には、流入数や予約数の数字が出ています。これを聞き取りベースの集計と突き合わせ、大きくズレるチャネルがあれば聞き取りの取りこぼしを疑う、という照合に使います。

この3つを重ねれば、全数は取れなくても、チャネル別の傾向をつかむには十分な精度になります。繰り返しますが、目標は「毎月、そこそこの精度で出し続けること」です。

LTVの簡易算出 — まずは「年間」で回す

上限ルールを引くには、獲得した患者さんが院にどれだけの利益をもたらすか(LTV、Life Time Value、顧客生涯価値)が要ります。ここも、生涯にわたる厳密な予測を立てようとすると動きません。まずは次の簡易式で、年間のLTVを出します。

年間LTV貢献利益 = 平均年間来院回数 × 平均客単価 × 貢献利益率

貢献利益率とは、売上から薬剤・材料などの変動費を引いた「そのまま院に残る利益」の割合です。生涯ではなくまず1年で区切る理由は、回収期間の管理がしやすいからです。生涯価値は前提の置き方で何倍にも膨らみ、それを分母にすると「いくらまで広告に使ってよいか」の上限が甘くなりがちです。1年で区切っておけば、「かけた広告費を何か月で取り戻せるか」という、資金繰りに直結する管理ができます。

モデルケース(例)の計算: 以下はすべて架空の数値です。ある院の平均的な患者さんが、

  • 年間の来院回数:3回
  • 1回あたりの平均客単価:4万円
  • 貢献利益率:60%

だとすると、年間LTV貢献利益は、

  • 3回 × 4万円 × 0.6 = 7万2,000円

となります。つまりこの院では、新規の患者さんお1人が、1年間でおよそ7万2,000円の利益を院にもたらす、という見立てになります。

上限ルールの設定 — CACは年間LTV貢献利益の1/3まで

年間LTV貢献利益が出たら、広告費の上限ルールを引きます。置き方の一例は、次のとおりです。

CAC ≦ 年間LTV貢献利益の 1/3

先ほどのモデルケース(例)なら、年間LTV貢献利益7万2,000円の1/3、すなわち2万4,000円が、1人あたりにかけてよい広告費の上限になります。

なぜ1/3かというと、これは回収期間がおおむね4か月であることを意味するからです。年間の貢献利益7万2,000円を12か月で均すと、月あたり6,000円。上限の2万4,000円をこの月6,000円で割ると、ちょうど4か月で回収できる計算です(2万4,000円 ÷ 6,000円/月 = 4か月)。1年分の利益の1/3以内に獲得コストを収めれば、残りの2/3が院の取り分として残り、しかも約4か月で先出しした広告費を取り戻せる、というわけです。

ここで強くお断りしておきます。この「1/3」という数字は、そのまま使うための正解ではなく、要カスタマイズの目安です。 リピートが強く回収期間を長く見てよい院なら1/2でも成立しますし、資金繰りに余裕がなければ1/4とより厳しく引くべき場合もあります。自院のリピート率・資金繰り・成長段階に合わせて、閾値そのものを自分で決める——ここは院長の経営判断です。

チャネル別一覧テンプレート

定義・計測・LTV・上限がそろったら、1枚の表にまとめます。以下は、上限を2万4,000円と置いたモデルケース(例)です。数値はすべて架空で、行の並びと読み取り方を示すためのものです。

チャネル 広告費(コスト) 新規来院数 CAC 上限(2.4万円)との比較 判定
ポータルサイトA 60万円 20人 3.0万円 上限を超過 減額・見直し
リスティング広告 50万円 25人 2.0万円 上限内 維持
SNS 20万円 8人 2.5万円 わずかに超過 経過観察
既存患者の紹介 3万円 12人 0.25万円 大きく下回る 強化
指名検索(当院名での検索) 2万円 15人 約0.13万円 大きく下回る 強化

読み取り方はこうです。ポータルサイトAは1人あたり3.0万円かかっていて上限を超えており、まず見直しの対象。リスティング広告は上限内で、いまの効率なら維持。SNSは上限をわずかに超えており、すぐ止めるのではなく数か月の経過を見る対象です。

そして注目していただきたいのが、下の2行です。既存患者の紹介と指名検索は、CACが桁違いに低い。 紹介は謝礼やツールにわずかなコストがかかる程度、指名検索はほとんど費用がかかりません。広告で買ったチャネルを効率で削るのと並行して、この極端にコストの低いチャネルを太らせていくのが、単院の集患の本筋です。効率の悪い出費を止めた分を、単に浮かせるのではなく、紹介が生まれる仕組み(経過フォローや満足度の向上)へ振り向けていく——その方向づけが、この表から見えてきます。

ひとつ注意があります。指名検索、つまり患者さんが当院の名前を直接検索して来られる流入は、CACこそ低く出ますが、これは過去の満足や評判が積み上がった結果であって、広告費を足せば直接買い増せるものではありません。この点は後述の「つまずきポイント」で改めて触れます。

月次の運用 — 会議のアジェンダに載せ、止める基準を決めておく

この表は、作って終わりでは意味がありません。月に一度、経営の数字を見る定例の会議(本シリーズで別途扱う月次の経営会議)の固定アジェンダに載せ、毎月更新して配分を見直します。「今月はどのチャネルが上限を超えたか」「先月止めると決めたチャネルはどうなったか」を、毎月同じ形で点検します。

「止める判断」の基準も、あらかじめ決めておきます。感情や、媒体担当者との付き合いで判断がぶれないよう、たとえば次のように数字で線を引きます。

同一チャネルが3か月連続で上限を超過したら、減額または停止する。

1か月だけの超過は季節要因やたまたまで起こり得ますが、3か月続くなら構造的に効率が悪いチャネルだと判断できます。この「あらかじめ決めた基準で止める」という運用があるからこそ、止める判断が個人の勇気ではなく、ルールの適用になります。

KPIの定義

継続して追う指標は、定義・データ源・頻度まで固定します。用語や計算方法が月ごとにぶれると、数字が比べられなくなるためです。

指標 定義 データ源 頻度
チャネル別CAC そのチャネルの広告費 ÷ そのチャネル経由の新規来院数 広告費の支払記録+来院経路の聞き取り・予約システム 月次
CAC回収期間 CAC ÷(年間LTV貢献利益 ÷ 12) 上記CAC+LTV簡易算出 月次(LTVは四半期見直し)

工数の目安(正直に)

かかる手間を、正直にお伝えします。

  • 計測の設計(選択肢の設計・電話の定型質問・突合の段取りづくり):5〜8時間
  • 月次の集計(経路データの集計・表の更新・回収期間の算出):月2〜3時間

最初の設計に半日から1日、その後は毎月2〜3時間、という規模感です。式そのものは難しくありません。難しいのは、この月2〜3時間を、診療の合間に毎月欠かさず続けることのほうです。

つまずきポイント

実際にやってみると、次のような落とし穴に足を取られがちです。あらかじめ知っておくと避けられます。

  • 経路の自己申告が曖昧になる。 患者さんに尋ねても「インターネットで見て」としか返ってこず、チャネルが特定できない——これが最頻出の詰まりです。対策は前述のとおり、自由記述にせず選択肢を先に設計して潰すこと。設計の一手間が、集計の精度を決めます。
  • 指名検索を「広告の成果」と混同する。 当院名での検索流入はCACが低く魅力的に見えますが、これは過去の満足・評判・紹介の積み重ねが結実したものです。ここへ広告費を投じても直接は増やせません。指名検索の伸びは「これまでの診療とフォローの通信簿」として読み、広告で買い増すチャネルとは分けて考えます。
  • 紹介やリピートまでCACの分母に入れてしまう。 CACは新規獲得の効率を測る指標です。既存患者さんのリピート来院や、紹介で来られた方をむやみに分母へ含めると、広告の効率が実態より良く見え、非効率な出稿を温存してしまいます。分母は原則として「そのチャネルが新しく連れてきた新規」に限ります。

規制の当たり判定

念のため、規制との関係を一言だけ。本記事で扱ったのは、広告の「量と配分」——どのチャネルにいくら振り向けるか、という予算の話です。一方、広告の「中身」、つまり表現そのもの(症例写真の見せ方、体験談、費用の強調、比較や最上級の表現など)は、医療広告ガイドラインの規律対象です。この2つは別の問題として扱ってください。配分を最適化する前提として、各チャネルに載せる表現がガイドライン上「やってよい形」になっているかは、公開前に別途、専門家や最新のガイドラインで確認する必要があります。表現の当たり判定には、ここでは深入りしません。

院長単独の壁

やり方は以上のとおり、すべて再現可能です。それでも、この施策を院長おひとりで回し切るのは、構造的に難しいところがあります。

ひとつは専門性です。来院経路の聞き取りをどう設計するか、歩留まりの違うチャネルをどう公平に比べるか、LTVをどの前提で簡易化するか——これらは分析の技術であり、医学教育にも臨床経験にも含まれません。式は平易でも、自院のばらばらなデータをこの形に整え、毎月同じ定義で回し続ける設計は、慣れないと骨が折れます。

もうひとつは時間です。工数のところで正直に書いたとおり、月2〜3時間の集計が要ります。この2〜3時間は、診療という「売上が立つ時間」を削って捻出することになります。だからこそ、忙しい月から真っ先に後回しになり、2〜3か月で更新が止まる——これが、多くの院で計測が続かない構造的な理由です。

そしてもうひとつ、見落とされがちな要素があります。外部の目です。広告を扱っていると、媒体の担当者から「上位プランにしませんか」「今なら特別価格で」という提案が定期的に届きます。この提案を断るには、「うちのCACの基準に照らすと、このチャネルは合いません」と数字で返せる材料が要ります。ところが、その材料を院内で用意し、担当者と数字で対話できる相手は、たいていいません。断る根拠が院内にないために、なんとなく提案を受け入れ、効率の分からない出稿が惰性で続く——これも単院に共通する詰まりです。いずれも能力の問題ではなく、時間と役割の構造からくる当然の帰結です。

社外CFOが入るとこう回る

ここに社外CFOが入ると、役割がきれいに分かれます。

社外CFOが担うのは、計測の設計(聞き取りの選択肢づくり、電話の定型質問、突合の段取り)、月次の集計(経路データの集計とチャネル別一覧の更新)、そして媒体担当者への「断る根拠」づくりです。とりわけ最後の一点——「このチャネルはCACの基準を超えているので、今回は見送ります」と数字で言い切れる材料を用意することは、院内に相手のいなかった仕事を埋めます。院長は、出てきた表を見て「どのチャネルを増やし、どれを止めるか」という配分の意思決定に専念できます。

役割分担は明確です。社外CFOは決めません。決められる状態(集計・表・回収期間・止める基準のたたき台)を作るだけです。どのチャネルに張り、どれを止めるかを決めるのは、常に院長です。 数字と根拠がそろえば、これまで「なんとなく」で続いていた出稿が、判断できる問題に変わります。そして毎月の会議で同じ形の表を見続ける仕組みが、集計が止まらない「外部の目」として働きます。

最初の一歩

今週できることを、1つだけ挙げます。

チャネル別に分ける前に、まず院全体のCACを1つ、出してみてください。やり方は単純です。

先月の広告費の総額 ÷ 先月の新規来院数

これだけです。たとえば先月の広告費が135万円、新規来院が80人なら、院全体のCACは約1万7,000円。細かいチャネル分けも、聞き取りの設計も、今は要りません。まずは「うちは、患者さんお1人にお越しいただくのに、平均していくらかけているのか」を、たった1つの数字で知る。

その1つの数字が出れば、「この平均の裏で、どのチャネルが足を引っ張り、どのチャネルが稼いでいるのか」を知りたくなるはずです。そこから先、チャネルごとに分け、上限を引き、毎月見直していく——広告費を「出費」から「基準のある投資」へ変える道のりは、この最初の1つの数字から始まります。

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この記事を書いた人

慶應義塾大学卒業。
M&Aにより取得した赤字企業の再建・価値向上プロジェクトに複数社参画し、経営改善の実務と事業再生のプロセスに携わる。その後、スタートアップにて経営企画・資金調達・新規事業の立ち上げなど、経営の中枢領域を担当。現在は、自らIT企業を経営する傍ら、企業の再成長や経営課題の解決を支援している。
スタートアップ立ち上げから従業員1,000人規模の企業の再生まで、幅広い事業フェーズでの経験を通じて得た普遍的な経営手法をもとに、各企業の現実に即しつつ、理論に基づいた実践的かつ再現性の高い経営コンサルティングを提供している。

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