読了の目安:約6分 / 想定読者:年商1〜3億円・単院の美容クリニックの院長・経営者
この記事について
利益を増やしたいとき、多くの院がまず考えるのは「広告をもう少し増やそう」です。しかし投資のプロ(買収先の経営改善を専門にするファンドなど)が真っ先に手をつけるのは、たいてい価格です。広告を足す前に、いま提供している価格と割引を直す。これが定石とされています。
理由は単純で、価格は利益への効き方が最も大きいレバーだからです。にもかかわらず、株主のいないオーナー経営では、価格が「開業時に決めたまま」で何年も据え置かれがちです。値上げは怖い、常連さんに申し訳ない、スタッフからも言い出しにくい——そうして最速の利益改善策が、いちばん後回しにされます。この記事では、価格と割引をどう統制するか、その手順をすべて開示します。
この施策で何が変わるか
まず、価格というレバーの効きの大きさを数字で見ておきます。以下はすべてモデルケース(例)の架空の数値です。
年商1.5億円・営業利益率10%前後のモデル院を考えます。営業利益はおよそ1,500万円です。ここで、割引の出しすぎを見直して実効の値引きを売上の2%分だけ削れたとします。値引きを削った分は追加のコストがかからないため、そのまま利益に乗ります。2%は300万円。営業利益は1,500万円から1,800万円へ、約2割動く計算になります。
同じ2%でも、広告費を2%増やして売上を2%伸ばそうとすると、増えた売上には薬剤費や材料費という変動費がかかり、利益に残るのはごく一部です。ところが価格(値引きの抑制)で作った2%は、まるごと利益側に落ちます。これが「価格は利益への感度が最も高いレバー」と言われる構造です。
もちろん、値上げや割引の見直しには患者数が減るリスクが伴います。だからこそ、感覚ではなく試算で意思決定します(後述の手順③)。ここで強調したいのは「値上げすれば必ず利益が増える」ということではありません。同じ1%を動かしたときの利益へのインパクトが、価格は群を抜いて大きいという構造だけです。土俵を価格競争に置いて消耗するのではなく、自院の価格を自院の判断で設計し直す——その最初の一手が、割引の統制です。
やり方の完全開示
ここが本記事の主役です。現状把握から効果測定まで、6つのステップで進めます。
①現状把握 — 「定価」ではなく「実効単価」を集計する
最初にやるのは、メニューごとの実効単価(割引後に実際に手元へ入った1件あたりの金額)と値引率の集計です。多くの院は「定価表」は持っていても、割引後に実際いくら受け取っているかを把握していません。
データ源はレジ/POSです。メニュー別に「定価 × 件数」と「実収額(実際の入金額)」を並べ、その差額が割引の総額です。
- 実効単価 = 実収額 ÷ 件数
- 値引率 =(定価ベース売上 − 実収額)÷ 定価ベース売上
たとえばあるメニューの定価ベース売上が1,000万円で、実収額が900万円なら、値引率は10%です。この一手間で、「定価は据え置いているのに、現場の割引で実質的に値下げが進んでいた」という実態がはじめて見えます。
②値上げ候補を選ぶ — 貢献利益表と突き合わせる
次に、メニュー別の「時間当たり貢献利益」を一枚の表にする施策(本シリーズの別記事で扱う、経営改善の出発点となる表)と突き合わせます。貢献利益は、売上から薬剤・材料などの変動費を引いた、そのメニューが実際に生む利益です。
値上げ候補を選ぶ基準は、次のようなメニューです。
- 時間当たり貢献利益が低いのに、件数が多い(薄利多売で院長やスタッフの時間を消費している)
- 予約が取りにくいほど需要が強い(価格を上げても客足が離れにくい可能性がある)
- 競合の最安値と正面から戦っていない(指名や専門性で選ばれている領域は、価格の自由度が高い)
逆に、競合最安値と真正面でぶつかっている集客用メニューを最初に上げるのは、リスクが高いので避けます。
③数量減の損益分岐を計算する
値上げの意思決定を「怖い/怖くない」の感覚から、「何%までなら客数が減っても損益はトントンか」という計算に置き換えます。使うのは次の式です。
許容減少率 = X ÷(貢献利益率 + X) (X = 値上げ率、貢献利益率 = 貢献利益 ÷ 売上)
意味はこうです。値上げをすると1件あたりの貢献利益が増えます。増えた分だけ、件数が減っても総額の貢献利益を維持できます。その「維持できる件数の減りしろ」を割合で表したのがこの式です。値上げ分(X)が大きいほど許容減少率は大きくなり、貢献利益率が高いほど(=もともと1件で稼いでいるメニューほど)1件を失う痛手が大きいので、許容減少率は小さくなります。
モデルケース(例)の計算: あるメニューの定価が10万円、変動費が3万円だとします。貢献利益は7万円、貢献利益率は70%です。ここで値上げ率X=10%(定価を11万円に)とすると、
- 許容減少率 = 0.10 ÷(0.70 + 0.10)= 0.125 = 12.5%
つまり、客数が12.5%減るまでは、値上げ後のほうが(または同額の)貢献利益を確保できるという判定です。検算すると、値上げ後の1件あたり貢献利益は11万円 − 3万円 = 8万円。元が100件なら貢献利益の総額は700万円で、これを8万円で割ると87.5件。100件から87.5件への減少が、ちょうど12.5%です。式と一致します。
補足として、貢献利益率が50%のメニューで同じ10%の値上げをすると、許容減少率は 0.10 ÷(0.50 + 0.10)= 約16.7% に広がります。利益率の薄いメニューほど、値上げで客数が多少減っても耐えやすい——このことは直感に反しやすいので、必ず数字で確認します。
④実施の設計 — 一斉にやらない
計算で候補が固まったら、実施は慎重に段階を踏みます。
- 全メニュー一斉ではなく、2〜3メニューから始める。 反応を見てから広げます。
- 新規患者から新価格を適用し、既存患者には移行期間を設ける。 「いつも来てくれる人が、ある日いきなり値上げに直面する」という体験を避けます。
- 告知はシンプルに。 値上げの理由を長々と釈明せず、事実として簡潔に伝えます(材料・人件費の上昇、品質・体制維持のため、など)。
⑤割引の統制ルール — 「誰が・どこまで・どの条件で」を決める
値上げと同じくらい効くのが、割引の統制です。まず院内の割引を棚卸しします。モニター価格、紹介割引、キャンペーン、そして現場判断で出しているサービス——この4種類がどれだけ実効単価を削っているかを、①の集計で把握します。
そのうえで、割引の決裁基準表を作ります。以下は架空の例(モデルケース)で、数値は自院の実態に合わせて調整してください。
| 割引の種類 | 適用できる条件 | 上限の目安 | 決裁できる人 |
|---|---|---|---|
| モニター価格 | 症例撮影・記録に協力いただける場合のみ。人数枠を月ごとに固定 | 定価の20%まで | 院長のみ |
| 紹介割引 | 既存患者からの紹介で来院した新規のみ | 定価の10%まで | 事務長まで |
| キャンペーン | 事前に期間・対象・値引き幅を決めた企画のみ | 企画ごとに院長が承認 | 院長のみ |
| 現場判断のサービス | 原則廃止 | — | — |
ポイントは2つです。第一に、モニター価格を「常態化」させないこと。人数枠を固定し、撮影協力などの条件を必ず付けます。条件のないモニターは、ただの恒常値下げです。第二に、現場判断の値引きは原則として廃止すること。その場の「じゃあ少しお引きします」を止め、代わりに次回に使える特典など、実効単価を直接削らない代替策を用意します。
⑥効果測定 — 月次で追い、会議のアジェンダに載せる
実施したら、実効単価・値引率・件数・貢献利益の4つを月次で追います。値上げしたメニューの件数がどれだけ動いたか、割引ルールで値引率がどれだけ下がったかを、③の許容減少率と照らして確認します。この4指標は、月次の経営会議(本シリーズで別途扱う定例会議)の固定アジェンダに載せると、見続ける仕組みになります。
KPIの定義
| 指標 | 定義 | データ源 | 頻度 |
|---|---|---|---|
| 実効単価 | 実収額 ÷ 件数(メニュー別) | レジ/POS | 月次 |
| 値引率 | (定価ベース売上 − 実収額)÷ 定価ベース売上 | レジ/POS | 月次 |
工数の目安(正直に)
- 現状把握(実効単価・値引率の集計):5〜10時間
- 感応度の試算(許容減少率の計算):2〜3時間
- 割引ルールの整備(決裁基準表の作成):3〜5時間
- 運用(月次の効果測定):月1時間
初期の構築でおおむね10〜18時間、その後は月1時間という規模感です。難しい作業ではありませんが、診療の合間に確保するには相応のまとまった時間が要ります。
つまずきポイント
- 「常連さんには言いにくい」問題。 心情としては当然ですが、既存患者への移行期間(手順④)を設計で用意しておけば、感情論を運用の問題に変えられます。
- スタッフが現場で値引きを続ける問題。 ルールを紙で配るだけでは止まりません。決裁基準表で「誰が・どこまで」を明文化し、例外は必ず記録に残す運用にします。
- モニター価格の常態化。 いちばん起きやすい漏れです。枠と条件で縛らないと、モニターは静かに恒常値下げへ変質します。
規制の当たり判定
割引の見せ方には表示規制が関わります。結論だけ、短く挙げます。
- 「通常価格◯円 → 今だけ◯円」といった二重価格表示は、実際にはその通常価格で販売した実績が乏しい場合など、景品表示法上の有利誤認にあたるおそれがあります。
- 期限を切った大幅割引を、実質的にずっと延長し続ける運用は、不当表示のリスクがあります。
- 美容医療の一部の契約は、特定商取引法(2024年の改正で対象が拡大されています)の規律対象になり得ます。
いずれも、ここでは詳細な法解釈には踏み込みません。表示や契約の設計は、公開・実施の前に専門家や最新のガイドラインで必ず確認してください。
院長単独の壁
やり方は以上のとおり、すべて再現可能です。それでも、この施策を院長ひとりで回し切るのは構造的に難しいところがあります。効くのは次の2つの壁です。
ひとつは専門性です。実効単価の集計、割引総額の切り出し、許容減少率の感応度試算は、いずれも財務・管理会計の技術です。医学教育にも臨床経験にも含まれず、税務申告を担う税理士の職掌でもありません。式そのものは難しくなくても、自院のデータをこの形に整えて回し続けるのは、慣れない作業です。
もうひとつは外部の目です。値上げは、怖いものです。そして院内を見渡すと、値上げに賛成してくれる人は構造的にいません。スタッフは常連への説明を負担に感じ、院長自身も踏み切れない。この状態を動かすのは、「この数字なら客数が◯%減るまで大丈夫」という第三者の試算です。根拠のある数字が一枚あるだけで、意思決定はぐっと軽くなります。逆に言えば、その一枚を用意する相手が院内にいないことが、値上げが何年も先送りされる本当の理由です。
社外CFOが入るとこう回る
ここで社外CFOの出番です。実効単価の集計、割引総額の切り出し、許容減少率の感応度試算、そして決裁基準表の起草——手順②③⑤の「技術」と「たたき台づくり」を社外CFOが引き受けます。院長は、出てきた数字を見て「どのメニューを、いくらにするか」を決めることに専念できます。
役割分担は明確です。社外CFOは決めません。決められる状態(集計・試算・選択肢・たたき台)を作るだけです。どのメニューをいくらにするか、どの割引を残すかを決めるのは、常に院長です。 数字と根拠がそろえば、これまで「怖い」で止まっていた意思決定が、判断できる問題に変わります。
最初の一歩
今週できることを1つだけ挙げます。
直近3か月分の「定価ベースの売上」と「実収額」を、レジ/POSから取り出してください。そして、その差額を定価ベース売上で割り、院全体の値引率を1つの数字にしてみてください。メニュー別の細かい集計は後回しでかまいません。まずは「うちは実質、何%を値引きで手放しているのか」を、1つの数字で知る。
その数字が想像より大きければ——多くの院がそうなのですが——ここに最速の利益改善の余地が眠っています。価格は、広告よりも先に直せます。