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13週資金繰り表と前受金 — コース契約の入金は、まだあなたのお金ではない

読了の目安:約7分 / 想定読者:年商1〜3億円・単院の美容クリニックの院長・経営者

目次

この記事について

通帳の残高は増えている。今月も新規のコース契約がいくつも入り、口座の数字は過去最高に近い。それなのに、なぜか漠然とした不安が消えない——この感覚には、はっきりした正体があります。

残高という一つの数字のなかに、性質のまったく違うお金が混ざっているからです。ひとつは、まだ施術を提供していないコース代金、つまり前受金です。これは患者さんから預かっているお金で、これから回数分の施術をして初めて「自分の売上」になります。もうひとつは、これから出ていくと決まっているお金——数か月後の納税、賞与、リースやまとめ払いの保険料です。増えた残高の一部は、実は「すでに使い道が決まっているお金」や「まだ稼いでいないお金」なのです。

この記事では、この混ざり合った残高を解きほぐし、13週先までの現金の動きを見通す「13週資金繰り表」と、前受金を負債として管理する方法を、手順ごとにすべて開示します。

この施策で何が変わるか

いちばん大きく変わるのは、資金の「驚き」がなくなることです。

クリニックの現金は、毎月ほぼ同じように入って出ていくわけではありません。給与や家賃のように毎月決まって出ていくお金のほかに、年に数回だけ、まとまった額が一度に出ていくイベントがあります。法人税や消費税などの納税、夏冬の賞与、リースの一括更新、労働保険の年度更新、まとめ払いの保険料——これらは金額が大きいうえに、忘れたころにやってきます。

13週(およそ3か月)先までの現金の出入りを一枚の表にしておくと、これらの大口の出金が「何週後に、いくら」来るのかが事前に見えます。「8週後に納税でまとまった額が出る」と分かっていれば、その手前で高額な機器を衝動的に契約する、という事故を避けられます。逆に、見えていないまま前受金で膨らんだ残高を「儲かっている」と誤認し、それを元手に投資や採用に踏み切ってしまう——これが、黒字なのに資金が詰まる典型的な入り口です。

前受金を「自分の実力で稼いだお金」と切り離して管理することで、この誤認を構造的に防ぎます。ここで強調したいのは「資金繰り表を作れば必ず資金が増える」ということではありません。出ていくお金の時期と金額を先に知っておくことで、意思決定から不意打ちを消す——変わるのは、その一点です。

やり方の完全開示

ここが本記事の主役です。13週資金繰り表の作り方と、前受金の管理表の作り方を、順を追って開示します。

なぜ13週なのか

期間を13週に区切るのには理由があります。

ひとつは、大口の資金イベントを必ず1つ以上含む長さだということです。納税・賞与・リース更新といったイベントは、四半期(3か月)のなかにたいてい何かが入ります。1か月だけを見ていると、その先に控える大口の出金が視界に入らず、まさにそこで足をすくわれます。13週なら、次に来る山を手前で捉えられます。

もうひとつは、週単位で予測できる精度の限界がこのあたりだということです。半年や1年先の入金を週単位で当てにいっても、精度は保てません。3か月先までなら、直近の実績から週ごとの入金をある程度の確からしさで置けます。「大口イベントを取りこぼさない長さ」と「週次で見通せる精度」の折り合う点が、13週(≒四半期)というわけです。

表の構造

行に「入金」「出金」「週末残高」を並べ、列に今週から13週先までを並べます。以下はモデルケース(例)の架空の数値で、構造が分かるよう最初の4週分だけを示します(実際は13列を横に並べます)。開始時点の手元現預金を1,500万円と置いています。

項目(単位:万円) 第1週 第2週 第3週 第4週
週初残高 1,500 1,750 1,910 1,670
<入金> 現金入金 80 80 80 80
<入金> カード入金 200 200 200 200
<入金> コース新規契約 60 40 50 30
<出金> 仕入(薬剤・材料) 50 50 50 50
<出金> 人件費(給与) 450
<出金> 家賃 80
<出金> 広告 40
<出金> リース 30
<出金> 社会保険料 70
<出金> 納税 200
週末残高 1,750 1,910 1,670 1,730

週末残高は「週初残高 + 入金合計 − 出金合計」で計算します。第3週を見ると、給与と社会保険料が重なって出金が大きく膨らみ、入金を上回るため残高が減っています。このように、どの週に残高が落ち込むかが事前に一目で分かるのが、この表の値打ちです。実際の表では、賞与や納税といった数百万円規模のイベントが後ろの週に立つと、残高が大きくえぐれる週が現れます。それを何週も手前で知っておくことが目的です。

作り方の手順

順番は、動かないお金から先に置くのが鉄則です。

  1. 固定的な出金をカレンダーから置く。 家賃、リース料、給与の支払日、社会保険料の引落日など、日付と金額が決まっているものを先に各週へ入れます。これらは予測ではなく事実なので、最初に確定させます。
  2. 年に数回のイベントを年間カレンダーから置く。 法人税・消費税・事業税などの納税、夏冬の賞与、労働保険の年度更新、まとめ払いの保険料。前年の実績や納付予定から、来る週と概算額を置きます。ここが13週表のいちばんの勘所です。
  3. 入金は直近実績の週平均から保守的に置く。 現金・カードの入金は、直近2〜3か月の実績を週平均に均し、やや控えめの数字を置きます。強気に置くと、資金繰り表が「安心するための道具」になってしまい、本来の警告機能を失います。
  4. カード入金のタイムラグを反映する。 カード決済は、施術した日と口座に入金される日がずれます(数週間後になることが多い)。売上が立った週ではなく、実際に現金が入る週にカード入金を置きます。ここを売上の週に置いてしまうと、手元にないお金を「ある」と数えることになります。
  5. 毎週金曜に実績で洗い替え、14週目を足す(ローリング)。 週の終わりに、その週の予測を実績の数字に置き換え、末尾に新しい1週を足します。こうして常に「今週から13週先」が見えている状態を保ちます。作りっぱなしにせず、毎週回し続けることで初めて生きた計器になります。

前受金の管理

13週資金繰り表と対になるのが、前受金の管理です。

コース契約でまとめて受け取った代金は、その時点ではまだ役務未提供の預り金です。会計上も、売上ではなく負債(前受金)として扱われます。5回コースの代金を一括で受け取っても、あなたが「稼いだ」のはまだ0回分で、これから5回の施術を提供して初めて、回数に応じて売上へと振り替わっていきます。だからこそ、契約総額のうち「まだ提供していない分=返す可能性のあるお金」がいくら残っているかを、常に把握しておく必要があります。

そのための管理表が、次のような形です(モデルケース(例)の架空の数値です)。1回あたりの単価は、契約総額を総回数で割って求めています。

患者 契約総額 総回数 消化済み回数 消化額 前受金残高
A 300,000 10回 4回 120,000 180,000
B 200,000 8回 6回 150,000 50,000
C 480,000 12回 3回 120,000 360,000
合計 980,000 390,000 590,000

前受金残高は「契約総額 −(1回あたり単価 × 消化済み回数)」で求めます。たとえば患者Cは、1回あたり4万円(48万円÷12回)を3回消化したので消化額は12万円、残高は36万円です。この管理を全患者分で積み上げると、院全体で「まだ提供していないコース代金=いつでも返金や振替に応じられるよう構えておくべき額」が一つの数字になります。この例では、合計の契約総額98万円に対して消化額は39万円で、前受金残高は59万円残っています。

この管理表から、次の2つを運用します。

  • 消化率を月次で追う。 消化率は「消化額 ÷ 契約総額」で、この例では39万円 ÷ 98万円 = 約39.8%です。この率が落ちてくる(=契約は取れているのに施術の提供が追いついていない)と、前受金という負債だけが膨らんでいる状態を意味します。予約枠の詰まりや離脱の兆候を、資金の面から早く捉えられます。
  • 「前受金残高 ≧ 一定額」を最低手元資金のラインとして扱う。 コース契約には中途解約や返金が起こり得ます。前受金残高に相当する額は、いつ返金を求められても応じられるよう、実質的に手をつけない手元資金として構えておく——という考え方です。残高全額を運転や投資に回してよいお金と見なさない、という規律です。

アラート基準

資金の余裕を測る指標として、手元流動性(現預金 ÷ 月商)を使います。月商の何か月分の現預金を持っているかを表す数字です。

たとえば「手元流動性が1.5か月分を下回ったら要対応」といった閾値をあらかじめ決めておき、13週表の残高がその線を割り込む週が見えたら、支出の前倒しや延期を検討します。この1.5という数字はあくまで目安で、コース契約の比率や固定費の重さによって適正水準は変わります。自院の実態に合わせて必ずカスタマイズしてください。

KPIの定義

指標 定義 データ源 頻度
手元流動性 現預金 ÷ 月商(月商倍率) 通帳残高・月次売上 週次〜月次
前受金消化率 消化額 ÷ 契約総額 コース契約管理表・カルテ 月次

工数の目安(正直に)

  • 初期構築(13週表の枠づくり、固定出金・イベントの洗い出し、前受金管理表の整備):10〜15時間
  • 週次更新(毎週金曜の洗い替えとローリング):30分〜1時間

構築そのものは一度きりですが、価値が出るのは毎週の更新を続けたときだけです。作った表が、最初の数週で更新されなくなるのがいちばんの失敗です。

つまずきポイント

  • 通帳が複数に分かれ、全体が見えない。 事業用・貯蓄用・カード引落用などに口座が分散していると、合計の手元資金がすぐに出せません。まず全口座を一覧にして合算する仕組みが要ります。
  • カード入金サイクルの把握漏れ。 決済代行会社ごとに入金の締めと支払日が違い、タイムラグを取り違えると予測が数十万円単位でずれます。
  • 前受金の消化記録が、カルテと会計で分断している。 「あと何回残っているか」はカルテ側にあり、「いくら受け取ったか」は会計側にある。この2つが繋がっていないと、前受金残高を正確に出せません。ここを繋ぐ設計が、前受金管理のいちばんの難所です。

規制・会計の当たり判定

結論だけ、短く挙げます。

  • 美容医療の一部のコース契約は、特定商取引法(2024年の改正で対象が拡大されています)の中途解約・返金に関する規律の対象になり得ます。つまり前受金は、制度上も「返す可能性のあるお金」として管理する実務的な理由があります。
  • 前受金をいつ・どれだけ売上に振り替えるか(収益認識のタイミング)は、税務にも関わります。

いずれも、ここでは法解釈や会計処理の詳細には踏み込みません。契約書式・返金対応・収益認識の扱いは、税理士・弁護士などの専門家や、最新のガイドラインで必ず確認してください。

院長単独の壁

やり方は以上のとおり、すべて再現可能です。それでも、これを院長ひとりで回し切るのは構造的に難しいところがあります。効くのは次の2つの壁です。

ひとつは専門性です。資金繰り表の設計、前受金を負債として捉える会計の考え方、カード入金のタイムラグの織り込みは、いずれも財務の技術です。医学教育にも臨床経験にも含まれず、税務申告を担う税理士の職掌(過去の数字の確定)とも別物です。とりわけ、カルテ(残り回数)と会計(受取額)に分断された前受金の情報を突き合わせ、一つの管理表に繋ぐ設計は、慣れない作業です。「能力の問題」ではなく、そもそも診療の専門家が身につける機会のない領域だ、というだけのことです。

もうひとつは時間です。この施策の肝は、毎週金曜の30分〜1時間の更新を、止めずに続けることにあります。ところがこの30分が、いちばん確保しにくい。診療で埋まった一週間の終わりに、疲れた頭で数字を洗い替える——それが最初の数週で途切れるのが典型です。作れるかどうかではなく、続けられるかどうかが、ここでの本当の壁です。

社外CFOが入るとこう回る

ここで社外CFOの出番です。13週資金繰り表の初期構築、前受金管理表の整備、そして毎週の洗い替えとローリング——手順の「技術」と「継続」の部分を、社外CFOが引き受けます。

そのうえで価値が出るのが、資金イベントの先回りの警告です。たとえば、こんな会話です。「8週後に納税でまとまった額が出ます。今月予定していた機器の購入は、見送るほうが安全です」。「前受金残高がこの水準なので、この額は手をつけずに構えておきましょう」。数字を見ている第三者がいることで、通帳残高の大きさに引きずられた判断に、手前でブレーキがかかります。

役割分担は明確です。社外CFOは決めません。決められる状態(見通し・警告・選択肢)を作るだけです。機器を買うか見送るか、投資に踏み切るかどうかを決めるのは、常に院長です。 見えていなかった3か月先の資金が一枚の表になることで、これまで「なんとなく不安」で止まっていた判断が、根拠をもって決められる問題に変わります。

最初の一歩

今週できることを1つだけ挙げます。

未消化のコース、つまりまだ提供していない前受金の残高を、1つの数字にしてみてください。 コース契約の管理表があればそこから、なければカルテをたどって、「契約したけれど、まだ施術していない回数分の金額」を全患者分だけ合算します。13週表はあとからでかまいません。まずはこの一つの数字を出す。

その額が思ったより大きければ——多くの院がそうなのですが——通帳残高のうちそれだけは、まだあなたのお金ではありません。その事実を一つの数字で握っておくことが、資金の驚きをなくす最初の一歩になります。

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この記事を書いた人

慶應義塾大学卒業。
M&Aにより取得した赤字企業の再建・価値向上プロジェクトに複数社参画し、経営改善の実務と事業再生のプロセスに携わる。その後、スタートアップにて経営企画・資金調達・新規事業の立ち上げなど、経営の中枢領域を担当。現在は、自らIT企業を経営する傍ら、企業の再成長や経営課題の解決を支援している。
スタートアップ立ち上げから従業員1,000人規模の企業の再生まで、幅広い事業フェーズでの経験を通じて得た普遍的な経営手法をもとに、各企業の現実に即しつつ、理論に基づいた実践的かつ再現性の高い経営コンサルティングを提供している。

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